はじめに
消費税の仕入税額控除方式のひとつとして、2023年10月1日から導入されたインボイス制度。不動産オーナーのなかにはインボイス制度が賃貸経営に与える影響についてよく理解しておらず、「免税事業者のままでも大丈夫なのか」「オーナーとして対応するべきことは?」といった不安や疑問を感じている方もいるかもしれません。
そこで今回は、インボイス制度の基本的な概要に触れながら、不動産オーナーが課税事業者になる、あるいは免税事業者のままでいることによる影響について解説します。また、不動産オーナーにおけるインボイス制度への具体的な対応方法や適格請求書発行事業者になる手順、インボイスの交付方法も詳しくまとめました。
インボイス制度に対して賃貸オーナーがとるべき対応について気になっている方は、ぜひ参考にしてみてください。
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インボイス制度とは「消費税における仕入税額控除の適用を受けるための方式」のことで、正式名称を『適格請求書等保存方式』といいます。仕入税額控除を受けるには適格請求書(インボイス)の保存が必要であり、インボイスを発行するためには消費税の課税事業者になる必要があります。
具体的な制度内容について把握するべく、以下では課税事業者と免税事業者の定義や仕入税額控除の仕組みなど、インボイス制度の詳細について見ていきましょう。
課税事業者・免税事業者とは
インボイス制度は消費税に関する制度であることから、消費税が課税される売上のみに影響します。ここでは、不動産賃貸業における課税売上・非課税売上の主な区分をまとめました。
【不動産賃貸業における課税売上・非課税売上の主な区分】
課税売上 |
|
非課税売上 |
|
上記を踏まえたうえで、続いては「課税事業者」と「免税事業者」の分類について知識を深めていきましょう。課税事業者とは「消費税を納付する義務がある法人や個人事業主」、免税事業者とは「消費税の納税義務が免除されている法人や個人事業主」のことで、それぞれの要件は以下の通りです。
【課税事業者・免税事業者の要件】
課税事業者 |
・下記1、2のいずれかに該当する事業者
1.基準期間における課税売上高が1,000万円を超える事業者 2.特定期間における課税売上高が1,000万円を超える事業者 ・「適格請求書発行事業者」に登録した事業者 |
免税事業者 |
課税事業者の上記要件に該当しない事業者 |
先述の通り、個人向け賃貸住宅の家賃や礼金、更新料などは非課税売上に該当することから、個人を対象とした賃貸経営を行っている不動産オーナーの多くは「免税事業者」に当てはまります。
仕入税額控除の仕組み
続いて、インボイス制度における「仕入税額控除」の仕組みについて解説します。
仕入税額控除とは、消費税が二重にかからないようにするための制度です。課税事業者が納税すべき消費税額を算出する際に、売上にかかる消費税額から仕入(※1)にかかった消費税額を差し引くことが可能となっています。
(※1)経費となる消耗品の購入費用や、会議費・交際費となる飲食代なども含むたとえば3,000円の商品を販売する際には消費者から300円の消費税を預かりますが、その商品を仕入れる際の対価が2,000円であれば、仕入先に200円の消費税を支払っていることになります。つまり、税務署への納税時に仕入先は200円分の消費税を納めるため、商品の販売会社は売上にかかる消費税300円から仕入にかかる消費税200円を差し引いた100円の消費税を納めればよい、といった仕組みが仕入税額控除です。
インボイス制度で何が変わるのか
インボイス制度が導入されるまでは、課税事業者は仕入先から発行される請求書があれば仕入税額控除を受けることができました。しかし、インボイス制度が適用となった2023年10月1日以降は、仕入先から「適格請求書(インボイス)」を受領し、交付された適格請求書を保存しておくことが仕入税額控除適用の条件となっています。
適格請求書(インボイス)とは
適格請求書(インボイス)は売り手が買い手に対して適用税率や消費税額等を正しく伝えるための書類であり、以下の項目の記載が必要です。
- 適格請求書発行事業者の氏名または名称および登録番号
- 取引年月日
- 取引内容(軽減税率の対象品目である場合はその旨)
- 税率ごとに区分し、合計した対価の額および適用税率
- 税率ごとに区分した消費税額
- 書類の交付を受ける事業者の氏名または名称
なお、インボイスの発行にあたっては「適格請求書発行事業者」になる必要があり、消費税の課税事業者でなければ発行事業者になることはできません。つまり、免税事業者にはインボイスの発行が認められていませんが、課税事業者になることを選択し、かつ適格請求書発行事業者の登録を受ければインボイスを発行できるようになります。
インボイス制度の目的・導入背景
インボイス制度が導入された背景には、免税事業者における「益税問題」が大きく関係しているといわれています。
益税とは、消費者が支払った消費税のうち、国に納税されずに事業者の手元に残る部分のことです。商品・サービス代金を請求する際は課税事業者・免税事業者に関わらず消費税を付加するため、納税義務のない免税事業者にとっては「消費税部分=利益」になっているといえます。
そこで国が講じた対策が、仕入税額控除に関するルールの変更です。仕入税額控除ができない免税事業者との取引を停止する課税事業者が増えれば、適格請求書発行事業者となることを目的として、あえて課税事業者になる免税事業者が増加し、益税問題の解消につながるとの考えでインボイス制度の導入へと至りました。
インボイス制度が不動産オーナーに与える影響
インボイス制度の導入は、不動産オーナーがすでに課税事業者として消費税の納税を行っている場合は大きな影響はありません。適格請求書発行事業者の登録を行えば、これまで通りに取引を行えます。
その一方で、免税事業者の不動産オーナーにとってはさまざまな影響があります。以下でご紹介する内容を参考にしながら、課税事業者になるのか、免税事業者のままでいるのかを慎重に検討していきましょう。
課税事業者になることによる影響
適格請求書発行事業者への登録が必要になる
先述のように、インボイスを発行するためには適格請求書発行事業者への登録手続きが必要です。課税事業者であっても登録なしにインボイスを交付することはできないため、e-Taxや納税地を所轄する税務署などで必ず申請を行いましょう。また、免税事業者である場合は、課税事業者になるための手続きも必要です。
消費税の納税が必要になる
インボイス制度への対応のために課税事業者になると、これまで免除されていた消費税の納税義務が生じます。つまり、消費税分の収入が減ることになる点に注意が必要です。
また、消費税の計算や確定申告といった経理上の手間が増えることも認識しておきましょう。
取引先を精査する必要が生まれる
取引先を精査する必要性が生まれることも、課税事業者となることによる影響のひとつです。これまで管理作業を依頼・発注していた業者がインボイスに対応していないと自身が消費税分の損をすることになるため、今後も取引を続けていくかどうかを吟味する必要があります。
免税事業者のままでいることによる影響
テナント入居者が退去してしまう可能性がある
店舗や事務所、駐車場などの賃貸経営を行っている不動産オーナーが免税事業者のままでいる場合、課税事業者である借主が退去してしまう可能性がある点に注意しましょう。免税事業者はインボイスを発行できないため、課税事業者は消費税の仕入税額控除ができなくなることを理由に立ち退きを検討することが想定されます。
また、同様の理由によって新規の契約を敬遠されてしまう恐れもあります。ただし、先述のように居住用住宅の賃料は非課税売上であることから、居住用物件の賃貸経営を行っている不動産オーナーにはこうしたリスクはほとんどありません。
賃料等の値下げを要求される場合がある
店舗や事務所、駐車場などの借主からインボイスの発行を求められても、免税事業者である不動産オーナーは対応できません。その場合に、控除できない消費税分への対応として賃料等の値下げを要求される可能性があります。
不動産オーナーのインボイス制度への対応方法
不動産オーナーがインボイス制度への対応を行う必要があるかは、「オーナーに課税売上があるか」「オーナーと借主が課税事業者か免税事業者か」といった状況によって異なります。ここでは想定される4つのパターンを挙げ、それぞれにおける具体的な対応方法をまとめました。
パターン1. 課税売上なし
マンションやアパートのような居住用の賃貸物件のみ経営していて、課税売上がない不動産オーナーは、インボイス制度への対応は不要です。ただし、駐車場の賃料を家賃とは別に徴収している場合、駐車場の賃料は課税売上に該当するため注意しましょう。
パターン2. 課税売上あり+オーナー・借主ともに免税事業者
店舗や事務所、駐車場による課税売上がある不動産オーナーであっても、借主が免税事業者の場合はインボイスへの対応は発生しません。借主も消費税の納税が免除されており、仕入税額控除を行う必要がないためです。
パターン3. 課税売上あり+オーナーが免税事業者+借主が課税事業者
課税売上のある不動産オーナーが免税事業者で、借主が課税事業者である場合、オーナーは今後どのような方針で対応するべきかを慎重に検討する必要があります。主な対処法は以下の3点です。
課税事業者になる
最もシンプルな方法は、借主が必要とするインボイスを発行するために課税事業者になり、適格請求書発行事業者の登録を行うことです。オーナーが課税事業者になることは課税事業者の借主にとってメリットが大きく、免税事業者の物件から乗り換えてくるケースも発生するなど物件の競争力が高まることも想定されます。
ただし、課税事業者になれば消費税の納税義務が発生するほか、経理上の手間が増えることもデメリットとして挙げられます。これらのメリット・デメリットを踏まえたうえで、課税事業者になるほうが得策か慎重に判断することが大切です。
免税事業者のまま費用の値下げを検討する
課税事業者になると経済的・事務的な負担が増えることから、免税事業者のままで賃料の値下げを検討するのもひとつの方法です。とはいえ消費税相当額の全額を値下げする必要はなく、以下のように政府が定めた経過措置に合わせて「仕入税額控除ができない分のみ値下げする」といった対応をとるとよいでしょう。
【インボイス制度における経過措置】
2026年9月30日まで:課税仕入などの税額×80%が控除可能
2026年10月1日から2029年9月30日まで:課税仕入などの税額×50%が控除可能
ただし、2029年10月1日以降は免税事業者との取引における仕入税額控除は完全にできなくなります。そうなると借主からは消費税相当額全額の値引きを求められることが想定されるため、経過措置期間中にその後の方向性をしっかりと決めておく必要があるでしょう。
何もせず様子を見る
課税事業者になったり、値下げ対応をしたりせず、一旦は何もしないで様子を見る選択肢もあります。その間に借主の意向を探り、もし退去や値下げ交渉が生じる可能性が低い場合は免税事業者のままで貫き通すこともできるかもしれません。
ただ、借主が不満を抱えているにもかかわらず事態を放っておいてしまうと、突然退去を申し出られるなどの事態を招く恐れがあるため注意しましょう。一旦様子を見るにしても、管理会社などに相談しながら慎重に対応を進めることが大切です。
パターン4. 課税売上あり+オーナーが課税事業者
オーナーがすでに課税事業者の場合は、インボイス制度によって消費税負担が大きくなるようなことはありません。これまで通りの対応で問題ありませんが、課税事業者の借主がいる場合はインボイスの発行が求められるため、e-Taxまたは管轄の税務署にて適格請求書発行事業者登録を行いましょう。
適格請求書発行事業者になるには
「借主にインボイスを発行したい」とお考えの不動産オーナーは、以下の手順で適格請求書発行事業者への登録を行いましょう。
課税事業者になる
免税事業者の場合は、まずは管轄の税務署に「消費税課税事業者選択届出書(※2)」を提出して課税事業者になる必要があります。これによって消費税の納付が必要になり、通常は「本則課税(一般課税)」が適用されますが、消費税を計算する経理負担を減らすための特例制度である「簡易課税制度」を利用したい場合は「消費税簡易課税制度選択届出書」をあわせて提出しましょう。
(※2)経過措置により、2023年10月1日から2029年9月30日までの日の属する課税期間中においては、適格請求書発行事業者の登録申請書に「登録希望日(提出日から15日以降)」を記載することにより、その登録希望日から課税事業者となることが可能(その場合は「消費税課税事業者選択届出書」の届出は不要)。手続き内容の詳細は以下をご確認ください。
国税庁:消費税課税事業者選択届出手続国税庁:消費税簡易課税制度選択届出手続
適格請求書(インボイス)発行事業者登録をする
課税事業者の手続きが済んだら、適格請求書発行事業者になるための登録手続きを行います。手続き方法は以下の3パターンです。
- 窓口での手続き:管轄の税務署窓口で申請
- 郵送での手続き:管轄のインボイス登録センターに必要書類を郵送
- e-Tax:オンライン上で書類を作成して申請
登録通知書が発行される
登録申請が完了すると登録通知書が発行され、適格請求書を発行するために必要となる登録番号が通知されます。ただし、登録番号が届くまでは1か月程度かかるため、申請してすぐにインボイスを発行できるわけではないことを認識しておきましょう。
取引先への通知・請求書のフォーマットを整備する
実際にインボイスを発行する前に、課税事業者としてインボイスを発行する旨や登録番号を取引先へ通知しておくことが大切です。また、発行する請求書に必須項目が記載されていないとインボイスとして認められないため、早い段階で適切なフォーマットを準備しておきましょう。
インボイスの交付方法
不動産管理会社に業務委託を行っている不動産オーナーのなかには、「誰がインボイスを交付するのか」といった疑問をお持ちの方もいるでしょう。ここでは、インボイスの交付方法について詳しく解説します。
オーナー(貸主)が交付する
インボイスの発行にあたってはオーナー(貸主)が適格請求書発行事業者になり、登録番号の交付を受けるため、基本的にはオーナー自身がインボイスを交付します。
管理会社が代理交付をする
原則としてはオーナーがインボイスを交付しますが、オーナーから業務委託を受けている管理会社がオーナーの氏名・登録番号で発行したインボイスを借主に交付することも可能です。この場合、管理会社は適格請求書発行事業者でなくても問題ありません。
管理会社が媒介者特例交付をする
媒介者交付特例制度を用いれば、管理会社の名称・登録番号で発行したインボイスをオーナーの代わりに交付できます。ただし、この制度を利用するためには以下2点の条件を満たす必要がある点に注意しましょう。
- オーナーと管理会社の双方が適格請求書発行事業者に登録している
- オーナーは取引前に、管理会社へ適格請求書発行事業者である旨を伝えている
賃貸経営サポートの必要性やサービス内容については、以下の記事でも詳しく紹介しています。
>>賃貸経営サポートの必要性とその内容とは?管理会社の選び方も解説インボイス制度への対応負担を小さくするなら
インボイス制度への対応要否の判断からインボイスの発行まで、インボイス制度にかかわる対応をオーナー自身で行うのは時間も労力もかかります。もし「どのように対応すべきか悩んでいる」「経理業務を自力で行うことに不安がある」といった場合は、ぜひ管理会社の利用を検討するとよいでしょう。
管理会社に業務委託を行えば、先述のように借主へのインボイス発行を任せることもでき、消費税の計算や確定申告といった経理上の手間を省くことが可能です。また、インボイス対応だけでなく建物管理や空室対策なども委託できるため、効率的に賃貸経営を行えます。
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まとめ
マンションやアパートの賃貸経営を行っている不動産オーナーにおいては、インボイス制度によって対応すべきことは基本的にはありません。一方、消費税が課税される事務所や店舗、駐車場等の家賃収入があり、現時点で免税事業者の場合は、「課税事業者になる」「賃料を減額する」などの対策を検討することが必要です。
とはいえ、どのように対応すべきかをオーナー自身で判断することは難しく、場合によってはインボイスを巡って借主とトラブルになる可能性もあります。ぜひ管理会社などの専門家に相談しながらご自身にとって最善の方法を見極め、インボイス制度への対応をスムーズに進めていきましょう。
PROFILE
荒川会計事務所 代表 荒川 一磨
税理士・登録政治資金監査人・行政書士・ドリームゲートアドバイザー
勤務時代は公認会計士事務所2箇所、税理士事務所1箇所にて個人・法人を合わせて300以上の会計・税務・決算申告業務に携わる。規模も個人事業からプライム市場(東証1部)上場企業まで幅広く担当。
試験合格後、新宿にて独立開業。約300社の会計・税務を見ています。上場企業や中小企業の一般的な会計事務所業務は勿論、起業支援、上場支援、会社設立、四半期決算、連結決算、外形標準課税、合併・清算等組織再編、DES、相続、贈与など、法人とオーナー(個人)の特殊な業務も行っております。